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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)789号 判決 1981年2月26日

控訴人

総合海事株式会

右代表者

洪性坤

右訴訟代理人

浅香寛

被控訴人

大阪魚市場株式会社

右代表者

久井四十一

右訴訟代理人

竹西輝雄

岡本宏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原審における請求につき、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金四三五万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年四月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め(なお、控訴人は、当審において、民法七一五条に基づく損害賠償の請求権を主張したが、これを予備的主張として提出し、とくに請求の趣旨を掲げていない。)、被控訴人は、原審における請求につき、第一次的に控訴却下、第二次的に控訴棄却の各判決を求めた(なお、被控訴人は、控訴人の右損害賠償の請求権の主張を請求の変更に当るとし、その新請求につき第一次的に訴却下、第二次的に請求棄却の各判決を求めた。)。

当事者双方の主張並びに証拠関係については、左に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  当審における民法七一五条に基づく主張

1  被控訴人の被用者である金子剛は、訴外会社(共伸水産株式会社)の代表取締役である浜辺孝道と共同して、控訴人に対し次のような不法行為を行つた。すなわち、訴外会社は控訴人から本件商品(紅ズワイガニ 五四六ケース)の売却方を依頼されて、これを被控訴人に売却したのであるが、訴外会社の代表取締役浜辺は、右売却に際し、本件商品が控訴人から売却を依頼された物品であることを被控訴人に告げるべきであつたのに、これを告げず、しかも、被控訴人に対する売却代金四三五万七〇〇八円のうち三五四万七〇〇〇円を控訴人に支払つたのみで、その差額金を領得したが、その際、浜辺は、右領得行為を容易ならしめるため、被控訴人の担当者である金子に依頼し、同人をして虚偽の仕切単価、仕切金額(三五四万七三六六円)を記載した仕入伝票を作成させ、他方金子は、浜辺の右依頼に応じて右仕入伝票を作成して、同人の前記領得行為を幇助したのである。

2  浜辺の右領得行為の結果、控訴人は、少なくとも浜辺と被控訴人との真の売買価額四三五万七〇〇八円と金子が作成した虚偽の仕入伝票の価額三五四万七三六六円との差額八〇万九六四二円の損害を蒙つたが、右は控訴人に対する浜辺、金子両名の背任、横領に該当する共同不法行為(民法七一九条一項)というべきである。

仮りに右両名が共同して不法行為をしたといえないとしても、前記のとおり、金子は浜辺のために虚偽の仕入伝票を作成して同人の前記行為を幇助したのであるから、民法七一九条二項により、浜辺と共に共同不法行為者となる。

仮りに右のいずれにも該当しないとしても、金子は、虚偽の仕入伝票を作成すればそれが浜辺によつて悪用され、ひいては控訴人に対して損害を与えることになることを容易に知り得べきであつたのに、これを認識せず、不注意にも、仕入伝票という重要な取引上の書類を偽造して、浜辺に前記領得行為を行わせ、控訴人に損害を与えたのであるから、右は過失による不法行為というべく、浜辺の故意による前記不法行為と共同不法行為関係に立つというべきである。

3  金子の右各不法行為は、同人が被控訴人の被用者として、被控訴人の職務を執行するにつきなされたものであるから、被控訴人は、金子の使用者として控訴人の蒙つた前記損害を賠償すべき義務がある。

4  よつて、控訴人は、右損害賠償の請求権を予備的に主張する。

二  被控訴人の後記主張に対する反論

1  控訴人の原審における請求が信義則に反し権利の濫用であるとの主張は、これを争う。

被控訴人は、控訴人が本件商品について返品を受けたのにその代理人をして該商品の返還の催告をさせたことは不当であると非難するが、本件の場合、被控訴人が本件商品を勝手に送りつけたことがあるに過ぎず、控訴人においてその返品を承諾したわけではないから、控訴人が法的手続をとる場合、これを認めて請求分から差し引かねばならぬ理由は全くない。

又控訴人は、売買代金額に関し、控訴人がした催告にかかる金額と本訴における請求金額とが異なるのを非難するが、控訴代理人は前記催告時には売買代金額が不明であつたのでこれを七五〇万円として催告し、本訴提起にはこれが四三五万七〇〇〇円と判明したから同金額を請求したのであつて、何ら非難されるいわれはない。

2  控訴人の当審における新請求が訴の変更の要件を欠き許されないとの主張も、これを争う。本件の場合、従前は債務不履行を主張していたところ、当審において新たに不法行為の主張を追加したのであるが、右は単に攻撃方法を追加したに過ぎず、訴の変更には当らない。仮に訴の変更に当るとしても、右の場合請求の基礎の同一性に欠くるところはない。

(被控訴人の主張)

一  原審における請求について

1  控訴人の原審における請求(売買代金請求)は、信義則に著しく反し、権利の濫用であつて、控訴人に訴権はない。原審は、これを看過して本案判決をしたが、控訴人に訴権がない以上、上訴の利益もない筈であるから、本件控訴は却下さるべきである。

控訴人が訴権を有しないとする理由は、次のとおりである。すなわち、

(一) 控訴人は、訴外会社に対し、本件商品五四六ケースの売却方を依頼し、昭和五三年一〇月頃訴外会社から、右商品のうち一九三ケース分の転売報告を受けると共に、右転売代金として三五四万七〇〇〇円余りの振込入金を受け、残余商品三五三ケース分については、控訴人の指示にかかる倉庫(株式会社二葉回漕店)で返品を受けた。以上が本件の事実関係である。

(二) しかるに、控訴人は、右事実関係を十分承知していたにもかかわらず、代理人浅香寛弁護士と相談のうえ、同弁護士をして被控訴人に対して、既に同人の手許に存しない本件商品五四六ケースの返還又はその代価である七五〇万円の支払を催告させ、被控訴人(担当者金子剛)から、「被控訴人が訴外会社から買受けた紅ズワイガニ 一九三ケースが右催告にかかる商品の一部に該当するとすれば、その買受代金四三五万七〇〇八円は被控訴人から訴外会社に対する振込送金によつて既に弁済された」旨の回答を得たのに、右回答を全く無視し、被控訴人を相手取つて、本件商品一九三ケースの売買代金四三五万七〇〇〇円の支払を訴求する本訴を提起し、その請求の原因において、「右一九三ケースにつきセリ売りが立ち、代金四三五万七〇〇〇円が支払われるとの連絡が入つたが、控訴人の書面による催告にもかかわらず、被控訴人は右代金を支払わない」旨虚偽の主張をするに至つた。

(三) 控訴人が原審における請求において主張する売買代金は、訴外会社が被控訴人に対して転売した本件商品一九三ケースの代金であつて、該代金については、既に控訴人において訴外会社から三五四万七〇〇〇円余りを受領していたのに、本訴を提起して前記の請求をするのは、既に受領した右代金額と前記請求金額との合計額七九〇万四〇〇〇円を不法に掴取することを企図したものであり、しかも、右合計額は前記催告にかかる請求金額(七五〇万円)をも大きく上廻るのである。

右のとおり、控訴人は、奸策を弄して故意に法規の不当な適用を図つて本訴を提起したもので、本訴請求は信義則に著しく反し、権利の濫用であつて、控訴人は訴権を有しないのである。

2  仮に前記控訴却下の申立が容れられないとしても、本件の事実関係は前記1の(一)のとおりであつて、控訴人の被控訴人に対する本件売買代金請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は棄却さるべきである。

二  当審における新請求について

1  控訴人の当審における民法七一五条に基づく主張は、原審における売買代金請求とは別個の新しい請求であるというべきであるから、右主張は、訴の追加的変更に当るところ、原審における請求は本件商品の一部についての売買代金請求であるのに、新請求は被控訴人の被用者金子の不法行為による使用者責任に基く損害賠償請求であるから、両者は全く異質であつて、請求の基礎の同一性を欠くのみならず、新請求を審理することによつて著しく訴訟手続を遅滞させるものであるうえ、訴の変更を許容することによつて被控訴人の審級の利益を奪うことになる。よつて、本件訴の変更は許さるべきではない。

2  控訴人は、原審における請求においては、被控訴人の担当社員金子と控訴人との直接交渉によつて本件商品の売買契約が成立したもので、訴外会社の代表者浜辺は単なる紹介者に過ぎないとの前提に立つて、売買代金の支払を訴求したのに、原審において右請求が棄却されるや、当審においては、一変して、控訴人が右浜辺に本件商品の売却を委託していたとして同人の背任、横領を主張し、損害賠償を訴求するに至つたのである。右のように、前言と基本的に全く相反する主張をすることは、先行行為に矛盾する挙動の禁止に違反するのみならず、信義則に反し、許さるべきではない。

3  原審以来の審理経過に徴すれば、控訴人の当審における右損害賠償請求にかかる予備的主張は、控訴人訴訟代理人浅香寛弁護士の少なくとも重大な過失により時機に後れて提出された攻撃方法で訴訟の完結を遅延させる目的以外のなにものでもないのであるから、却下さるべきである。

4  請求原因に対する認容

予備的請求原因事実のうち、金子剛が被控訴人の被用者であること、控訴人が訴外会社に本件商品の売却方を依頼し、同会社の代表取締役浜辺孝道が売主として本件商品の一部を被控訴人に売却したことは認めるが、その余は争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一原審における請求について

まず本件控訴の適否について判断する。

被控訴人は、控訴人の原審における請求は信義則に著しく反し権利の濫用であつて、控訴人は訴権はもとより上訴の利益をも有しないから、控訴人の申立にかかる本件控訴は不適法である旨主張する。しかしながら、たとえ本件売買に関する事実関係が被控訴人の主張するとおりであつて、しかも、控訴人において右事実関係を知りながら被控訴人に対し被控訴人主張の催告をし、被控訴人からその主張のとおりの回答に接したのにこれを無視して本訴提起に及んだとしても、そのような場合には請求が棄却されることを免れないというにとどまり、右の事実が存するからといつて、直ちに本訴請求をすること自体が信義則に反し権利の濫用であつて、控訴人において訴権を有しないとすることはできない。又上訴の利益は原裁判によつて不利益を受けている者のすべてについて認められているのであり、原告である控訴人についてこれをみるならば、原裁判において自己の請求の全部又は一部が認容されなかつた場合、その請求の当否や訴権の有無にかかわらず、該裁判の取消を求めて上訴する利益を有するのである。従つて、被控訴人の前記主張は採用することができず、本件控訴は適法というべきである。

次に、原審における請求の当否について判断するに、当裁判所も原裁判所と同様右請求は失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は左のとおり付加、訂正するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。当審における新たな証拠調の結果によつても、引用にかかる原審の認定判断を左右することはできない。

(1)  <中略>五枚目裏四行目の「及び同月二一日に」を削り、七枚日表五行目の「金三五四万七三六六円」を「金三五四万七三五六円」に改める。

(2)  原判決八枚目表二行目の次に、左のとおり加える。

もつとも、<証拠>によれば、昭和五三年八月一八日付で控訴人から当時本件商品を保管していた兵食に宛てて、韓国産冷凍紅ズワイガニ(本件商品)五四六ケースにつき被控訴人のために名義変更を願う旨記載した名義変更通知書が発せられ、これに基づき、翌一九日兵食において本件商品のうち一九三ケースにつき控訴人宛の出庫伝票を切つたうえ、被控訴人の依頼を受けた運送人に右商品を引渡し、該運送人によつて右商品が搬出されたことが認められ、右事実によれば、本件売買にかかる商品一九三ケースについては、控訴人から被控訴人に対して直接(訴外会社を経由することなく)その引渡がなされたものということができ、更に<証拠>によれば、被控訴人作成名義の前記商品一九三ケースについての仕入伝票が被控訴人から訴外会社に一旦交付されたものの、更に訴外会社から控訴人に交付されたことが認められ、以上の諸事実のみによれば、控訴人主張のとおり、右商品一九三ケースの売買が控訴人と被控訴人間に成立したものと解する余地が全くないわけではない。しかし、<証拠>によれば、本件商品についての控訴人から兵食に対する前記名義変更通知は、訴外会社が控訴人に依頼してこれをさせたものであつて、訴外会社は本件商品の売買につき第三者の立場にあつたものではないこと、並びに訴外会社において被控訴人から交付を受けた前記仕入伝票を更に控訴人に交付した理由は、将来における控訴人との取引の継続を図るため、控訴人に対し、その依頼にかかる本件商品の売却を約旨のとおり履行したことを印象づけようとしたことにあるのであつて、自己が本件売買の紹介者に過ぎなかつたためではないことが認められるから、前記各事実が存するからといつて、控訴人主張のとおり控訴人と被控訴人間に本件売買契約が締結されたものと認めることはできない。

二当審における新請求について

控訴人の原審における請求(本件売買契約に基づく売買代金請求)と当審における新請求(被控訴人の被用者の不法行為による使用者責任に基づく損害賠償請求)とは、その訴訟物を異にするものと解すべきである(両者はその訴訟物を同じくし右は単に攻撃方法の差異に過ぎないとする控訴人の見解には左袒することができない。)。従つて、本件における新請求の提出は、原審における請求に対し、訴の追加的変更に当るものというべきところ、原審における請求は、控訴人と被控訴人間に成立した売買契約に基づく売買代金の請求であり、一方、右追加的変更にかかる請求は、被控訴人が、控訴人から本件商品の売却方の依頼を受けていた訴外会社代表取締役浜辺孝道に対し、右売買代金を支払つたところ、浜辺が右代金の一部を領得する不法行為に及んだが、被控訴人の被用者たる金子剛は右浜辺と共同不法行為の関係にあるから、被控訴人に対し、損害の賠償を求めるというのであるが、右両請求を比較するに、(イ)両者は、その基礎たる事実関係において時期を異にしていること、(ロ)後者における被控訴人の義務は、被控訴人の買主たる地位に基づき生じたものではなく、またその変形ともみられないことから考えれば、右両請求は、民事訴訟法二三二条一項にいう「請求ノ基礎」を異にするものというべく、単に右後者の請求が、事実上前者の売買契約に由来し、これと関連を有するというだけで、右結論を異にすることはできない。そして、被控訴人において、右訴の変更に異議を唱えている以上、右訴の変更は、その要件を欠き不適法のものといわなければならない。

よつて、当審における新請求の提出(訴の追加的変更)は許されないので、右新請求の当否についての判断は示さない。

三むすび

以上の次第で、控訴人の原審における請求は失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 中村修三 松岡登)

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